無くしてはいけないものを、子どもたちのために残したい

  • 井野小学校PTA会長 兼 井野中学校PTA副会長 升ノ内章夫さん(あだ名:マッスー、会長、体操服おじさん)
  • 年代:42歳、外構工事会社 専務

井野小学校でPTAの会長を5年間、井野中学校でPTAの副会長を3年間務めていらっしゃる升ノ内さん。ここに通う子どもたちみんなが知っている、名物お父さんの一人です。
子どもたちの今と将来を真剣に考える保護者さんの代表にお話を伺ってみると、楽しすぎる人柄と一緒に、とても大きな愛情が伝わって来ました。


子どもたちと一緒に楽しめる“今”を大切にするために

僕がこの街で暮らし始めたのは小学校1年生の頃で、父親の仕事の関係で千葉市内から駅前のタワーマンションに引っ越してきたんです。その当時はまだ街の開発もそれほど進んでいなかったんですが、それからどんどん住みやすくなっていったという感じですね。
それから24歳の時に結婚して一度他の街で暮らした後、10年前に今の家を建てて戻ってきたんです。それから長男が小学校に上がったんですが、あまり学校に行きたがらなかったんですよ。友だちは多くて学校自体は楽しいんですが、勉強が嫌いだったみたいで休みがちになってしまって。それなら、お父さんが学校にいれば長男も学校に通いやすくなるかな?という思いからPTA役員を始めたんです。
また自分の中でPTA会長というのは「やる気がある人、楽しみながらできる人」がなるべきだよなという考えがあって、自分だったらできるだろうと思って立候補させてもらったんです。子どもと一緒に学校を楽しめる時間は“今しかない”ですからね。

コロナ禍での歯がゆい思いと、その後の本気

そうやって始めたPTA活動なんですけど、役員になった最初の年がコロナ禍と重なってしまったんです。その中で学校の行事がなくなって、PTAの集まりも少なくなって、満足な活動ができないっていう状況でした。でも、昔から続いてきた行事にはやっぱり何かしらの意味があると思っていたんです。中でも大切に考えていたのが「井野っ子まつり」ですね。コロナ禍の期間もみんなが接触しないように細々と続けていて、ようやく子どもたちが元気に動けるように復活したのが去年(2024年)からです。とはいえ、学校内に設置したブースを回る形式で、今までの「井野っ子まつり」とは全く違うものでした。それでもお祭り感やイベント感を少しでも楽しんでもらえるようにと、役員さんが一生懸命に考えてくれたおかげで開催することができたんです。

その時はめちゃくちゃ嬉しかったんですけど、やっぱり不安はありましたね。復活させるためには保護者の方の負担が大きくなってしまって。そこは僕のエゴだったのかななんて考えたりもしました。今年も役員さんには頑張って準備を進めてもらいました。僕も作業を分担させてもらったり、部内や学校との連携がうまくいくように今後もしっかりとフォローしてあげたいです。

■升ノ内さんを見かけて、お話をしに来てくれた子どもたち

普段のPTA活動の中だと、PTA役員さんたちとの定例会議や専門部の会議があって、学校内外のイベントで挨拶をしたり、土日には地域の社会福祉協議会や街づくり協議会といった会議、佐倉市全体のPTA協議会などなど、外部組織とのつながりはかなり多いんです。
そうしたいろんな会議の中でも、僕はあまり自分から意見をぶつけたりしないタイプなんですよ。どちらかといえば周りの方から出てきた意見を吸い取れるだけ吸い取って、それを実現するにはどうしたらいいかを考えて提案したり。せっかく伝えてくれた意見を否定はしたくないですからね。
そんな風に、僕はフォローに徹することで、頑張ってくれている皆さんが楽しくPTA活動をしてくれればいいなって考えてるんです。

子どもたちのためなら、大変さは感じないんです

月に何度も学校に来たり、土日も多くの会議に出席したりしているので、周りからは大変ですねって言ってもらったりするんですが、僕の中では大変だって思ったことは無いんですよね。子どもたちのために動けてる自分が嬉しいというか。それに学校でも街なかでも、子どもたちがめちゃくちゃ話しかけてくれるんですよ。これまで、コロナ禍だった頃には学校で子どもたちの前に立つ機会はすごく少なかったのにです。それって楽しいとしか思えないんですよね。

■運動会で体操服を着て壇上に立ったことが子どもたちの話題に

すごく稀にみんなの前で挨拶をすることがあったんですが、自分が子供の頃にはPTA会長さんの挨拶って、あんまりちゃんと聞いていなかったんですよ。みなさんもそうじゃありません? 僕はそうなりたくないなって。だから、できるだけ子どもたちが笑って聞いてくれるような話をするんです。例えばTikTokやYoutubeで流行っていることをやってみたり、去年の運動会では子どもたちと同じ体操服を着て挨拶をしたり(笑。だから覚えてくれたんでしょうね。あ、真面目なこともちゃんと話してはいますからね(笑。

PTAの気持ちを合わせて作った、校庭の日時計

井野小学校は長割遺跡っていう縄文時代の遺跡の上に立っている学校で、埴輪の形をしたマスコットキャラクターがいたんです。今から4年前の開校50周年のとき、そのマスコットに名前をつけようっていうことになりまして。その際、他にもなにか記念になるものを残してあげたいということで、敷地内に日時計を作りました。すでに予算も決まっていたので、その中でできるように色々とかけあってみたんですよ。みんなで考えたデザインを茨城の業者さんに御影石に彫り込んでもらって、筑波山の麓まで取りに行って、設置も自分たちでやりましたね。重たい石を運ぶのは配送業者さんに頼んだらかなりかかっちゃいますから。

■井野小学校開校50周年を記念して寄贈した日時計とタイムカプセル

その時は50周年を祝うためのリーフレットなんかもPTAで協力して作ったり、タイムカプセルを埋める場所に記念碑を作ってみたりもして、いろいろと子どもたちのために動くことが出来たんじゃないかって思っています。

■50周年ではPTAが協力してパンフレットなども制作

無くしてはいけないものを残していくために

今年、僕の長男が中学校3年生で娘が小学校5年生なので、中学校のPTA役員としては一旦役目を終えます。その後1年空くんですが、娘が中学校に入学したらもう一度中学校のPTA役員になろうと思っているんです。子どもがこの街の学校に通っている間は、やれることをやりたいですからね。今の子どもたちはコロナを体験してきて、各学校でもPTAの仕事内容を精査して負担を軽減しようという動きがあって、先生方も働き方改革で遅い時間まで残ることができなくなっています。もちろん仕事を精査して軽減するのはとてもいいことなんですけど、無くしてはいけないものまで無くなってしまっている気がするんですよ。子どもたちの大切な思い出を作るために、ある程度の大変さや労力は残ってしまうとしても、やるべきことはやっていきたいですよね。普段の仕事でもそうだと思うんですが、効率ばかりを追ってしまうといい仕事をするのは難しいですもんね。PTAとしても役割が減ったことで楽にはなったんですが、逆に子どもたちに対して何かをしてあげられているという実感が少なくなるのは避けたいんです。

そのために、残すものや効率化するものについてはしっかり考えた上で行動していきたいと思っています。
ちょっとした例をあげてみると、PTAのお母さんたちが集まるバレーボールがあるじゃないですか。これって実は賛否いろいろあって「大人たちが好きでやってるんでしょ」という声もあるんですね。確かに、お母さんたちは楽しんでバレーボールをしているんですが、子どもたちにしてみればお母さんが頑張ってバレーボールで活躍しているところなんてなかなか見ることはできないんですよ。だから僕は、そういう否定的な意見が出たときにはそんなことも伝えるようにしています。これもさっき話をした、「昔から続いてきた学校行事やPTAの活動は、どこかしら子どものためにあるんだ」っていうことにつながっていくんですよね。
“絶対に無駄なもの”って実は本当に少ないんだと思います。

子供のことを真剣に考える、そんな方が集まる街

僕の普段の仕事のことを話すと、(有)丸栄建設という会社で、戸建てを中心に外構工事を請け負っています。新築のエクステリアだったり、リフォームとして駐車場を増設したり。マンションの修繕工事をしたり。あとは造園も担当することがあります。
山万さんのご依頼で、この街のお宅を工事させていただくことも多いので、見かけたらぜひ声をかけてくださいね。

井野小学校に通っているお子さんがいるなら、「大人なのに運動会で体操服を着て挨拶した人」または「マッスー」と言ってもらえれば多分わかってくれるんじゃないかと思います(笑。

この街って、子育てのことをすごく真剣に考えている方が多いからかPTAにも率先して参加してくれていて、そのおかげで役員を決めるときにも悩む時間が少ないくらいなんです。もちろん不満な意見も出てきますが、それは子どもたちのためにちゃんと考えてくれているからなんですよね。そういったこともあって、保護者の方の意識がとても高いんだなっていつも感じています。緑が多いから自然に触れ合うことができて、それでいて歩道もしっかりと整備されているところが多いから安全なんですよ。やっぱり子育てにはとても向いている街だと思います。


突然ですが、この記事を読んでいただいた皆さんに質問させてください。ご自身が小中学校に通われていたころのPTA会長さんのこと、覚えている方はいらっしゃいますか?
本当に申し訳ないのですが、私は全く覚えていません。
今回のインタビューをしている際、下校時間になって家に向かう子どもたちとすれ違ったのですが、升ノ内さんの姿を見た子どもたちから「マッスーだ!」という声が上がり駆け寄って来てくれたんです。
その後、升ノ内さんの口から「子どもたちのためになにか残ることをしていきたい」という言葉を聞いたとき、きっと子どもたちの中には升ノ内さんご自身のことが一番鮮烈な記憶としていつまでも残っていくんだろうなと思いました。

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